大判例

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山口家庭裁判所 事件番号不詳 決定

少年 N(昭和一二・八・一一生)

主文

少年を山口保護観察所の保護観察に付する。

理由

罪となるべき事実

少年は肩書本籍地においてS、同Mの次男として出生し、同地の小学校、中学校を経て××商業高校に入学したが、学校にあつては成績良好で学年厚生委員長などの役にもつき、家庭にあつては親を思い家業の手伝いに励むなど将来を嘱望されるような少年であつた。それにひきかえ実兄D(当時三一年)は家の売上金を巻き上げては酒を飮み、家財を持出してはヒロポンを打ち、両親より意見されれば殴る蹴るの暴行を加える等親の手に負えぬ青年であつた。このような家庭にあつて少年の脆弱繊細な心は益々傷心の一途を辿り「兄がいなければよいが」との願いが常に頭から離れ去ることがなかつた。

以上のような状態の下に、昭和三十年十一月二十一日は兄Dの乱行が殊の外激しく、夕方から酒を飮み始めて家を出たり入つたりしていたが、午後六時三十分頃肩書住居の自宅表土間において兄Dが店の売上金の事に因縁をつけ営業用の器物など投げ破損するので父が制止しようとしたところ「親をばらしてやる」「家を焼いてやる」等の暴言を吐き乱暴をやめないのみか、遂には父を殴打し足で蹴る等の暴行を加えるのを目撃した少年はこの儘放置すれば平素から酒癖が悪く他人に傷害を加えたこともある兄のことであるから父をどんなひどい目にあわすかも知れないと考えた刹那咄嗟に兄Dに対する殺意を生じ、同家炊事場の棚にあつた出刃庖丁(昭和三〇年領第一六九号の一)を右手に持つて父と組みついている上記土間に行き、いきなり兄Dの腹部めがけて突き刺しよつて同日午後六時五十二分××市○○○町△△県立○○病院において兄Dを肝、胃膵損傷のための腹腔内出血による亡血性シヨツク死に致らしめたものである。

上記事実に適用する法令

刑法第一九九条

主文記載の保護処分に付すべき事由

本件非行時における兄Dの乱暴狼藉は殊の外激しく「親をばらしてやる」「家を焼いてやる」等と怒号しつつ父親に暴行を加え、その場の空気が殺気だつていたことは認められるが、兄の暴行癖はいつものことではあり、素手の兄が上記のような暴言を吐いたとしてもそれは口先だけのことで実現することは到底ありえないことは少年自身にも分つている筈である。その他目撃者の証言、少年の供述等を綜合すれば正当防衛若くは過剰防衛の成立する余地のないことは前叙認定の通りであるが、少年が本件非行を犯すに至つた最大の原因が兄の飮酒への耽溺、金銭家財の持出、家族に対する暴行等の不行跡にあり、事もあろうに父の腹部を足蹴りし「親父をばらす」「家に火をつける」等と怒号しつつ暴行を続けている兄をみて、趣悪非道な兄の不行跡に対する限りなき憎悪――多年にわたつて鬱積された少年の憎悪――がかかる緊急事態に刺戟されて一挙に爆発し惹起されたものと認められる。親思いの、特に内向的傾向の強い、繊細な神経の持主である少年にとつてこのような緊急状態は冷静な判断を下すには余りにも大きかつたといわなければならない。

以上の如く非は寧ろ兄にある本件においてはその動機、態容からみて情状酌量すべき点が少くない。

然し如何に情において掬すべきものあるとしても、人一人の生命を奪つた、それも実兄を死に致らしめた重大事件であり、叙上のような緊急状態に直面しても常人のとるべき手段としては直接兄の暴行を制止する挙に出るか又は他人の協力を得べく救いを求めに行く道をとることが充分考え得られたにも拘らず、ことここに出でず少年の嗟咄の殺害着想は明らかに常軌を逸していたというべきである。この点において少年の人格に何らかの欠陥あることを窮わしむるに充分である。

そこで少年の人格について精査するに、本少年には従来の非行少年にみられる反社会性々癖は全く認められず、不良徒輩との交際もなく、好争性、暴行性も皆無に近く、残虐行為の習慣も前歴もない。却つて家庭の環境も兄の存在を除いては寧ろ良好で、かかる家庭の中にあつて少年は善良な子供であり、知能的にも優れ、学校の成績も普通以上で、有為と目される少年である。然し反面少年の精神構造においては内向的、自閉的傾向が強く、抑鬱性が顕著であり、従つて新事態に対処する自己調整の反応が緩慢である故に判断の切換が稍困難で観念固執的であることが認められる。本質的精神障害は認め難いとしても精神生物学的意味における分裂性乃至粘着性々格者であることはこれを否定し去るわけにはゆかない。このような少年の人格も青春期に通有の精神的均衝の未完成に基因するところ大で、それも常時においては全く姿を現わさないが極度に強烈な体験刺戟がこれに加えられるとき、突如顕現し、衝動的異常行為が惹起されるに至るものである。これが現象発生の阻止には強度の刺戟の存在しない環境に少年を置くか、少年の性格を矯正するしかないと考えられる。次に非行後の少年の心境について考えてみるに、非行に対する少年の悔悟、改悛の情は極めて顕著であり、試験観察制度を活用しての生活関係の改造、環境の変更、性格の建設的善導等が功を奏し、且つ少年のこれに順応すること素直で精神的安定の企図もほば目的を達したかに見える。少年の試験観察期間中の成績良好と認める。

以上の諸点を綜合考案した結果、本件非行に至つた経緯、動機、態容、非行に対する少年の心境、社会的批判等を考慮して刑事処分に問うことは当を得たものというを得ず、又矯正さるべき少年の反社会的性格の認められない本件においては特別収容保護の措置をとる要もみない。然し行為そのものの反社会性、行為に対する社会的影響性を考えに入れつつ、少年自体に青春期の心理的不安定の要因が完全に払拭されきつていない現在、ただ単に少年に反社会的性格の習癖が認められないこと、環境に欠陥の存在しないこと、試験観察実施の成功、観察期間中の成績良好等の一事を以て如何なる保護も必要なしと判断することは到底できない。動揺多い少年の青春期の心的葛藤を健全に成育せしめるためには時を必要とするし、完全に成熟するまでの間の安静な環境を提供し維持してゆくためには或程度の観察保護は必須である。又少年に対し施さねばならない多くの施策も残されている。即ち特に本件によつて一層内向的傾向を強めたと思われる少年の性格を外向的に向わせ、非社会性の昂進を阻止するに努めること、生活環境の変化による心気更新を図ること、対人関係の調整に意を用うること等多々あり、少年の今後の生活方針、精神生活の在り方についての良き指導者、良き相談相手を必要とする。

よつて少年法第二四条第一項第一号少年審判規則第三七条第一項に則り主文の通り決定する。

(裁判官 杉浦龍二郎)

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